2012年1月28日土曜日

『ブエノスアイレス食堂』の「特別料理」

☆★☆アルゼンチン人作家カルロス・バルマセーダの『ブエノスアイレス食堂』(柳原孝敦訳、2011年、白水社)を読んだ。読み始めてすぐに思い出したのは、米国人作家スタンリー・エリンの短編『特別料理』(1946年、邦訳1956年、早川書房)だった。

     『特別料理』は、レストランに客が入ったまま出てこず、人肉料理の材料にされてしまう、という話だ。原題が「食人種の手引書」という『ブエノスアイレス食堂』は、アルゼンチン最大の保養地マルデルプラタのレストランを舞台に、イタリア移民とコックたちが1世紀にわたって織りなす物語だ。

     読み進むうちに、バルマセーダは、ガブリエル・ガルシア=マルケス(GGM)の『孤独の百年』(もしくは『百年の孤独』)の影響を受けていることがわかる。「100年単位で物語を展開させる」という手法が、である。この点では、バルマセーダもGGMの亜流である。

     鼠が人間の肉体を貪り食うという冒頭の衝撃的な場面が、最後にもっと劇的な形に発展して、物語は終わる。まだ読んでいない人たちのために、物語の展開やクライマックスには、敢えて触れない。

     <主人公>である食堂を、ペロン大統領夫人エバ・ペロンが訪ねたり、食堂の女性コックが若き日のチェ・ゲバラに会い、その後、文通を続けるとか、1982年のマルビーナス(フォークランド)戦争の逸話が登場する。<歴史感>を醸すためだろうが、サービス過剰で書かずもがなだと思った。

     全編に繰り返され詳述されるさまざまな料理法には辟易するが、<主人公>が食堂であるからには、料理法が細々と語られるのは当然かもしれない。作家の特技なのだろう。

     ガルシア=マルケス以来、「100年単位のまがい物」作品がスペイン語世界で横行しているが、この小説は悪くない。「訳者あとがき」も興味深い。

     【訳文も読みやすいが、一言だけ苦言を呈すれば、「(社会主義センターの)幹事長」(73ページ)は「書記長」とすべきだった。「幹事長」は、日本の自民党がはやらせた特殊な党最高幹部の名称だ。今日の日本では、共産党以外の政党はことごとく「幹事長」を用いている。だが、国際的に普遍性のある言葉ではない。ましてや「社会主義センター」は1930年当時の話である。革新組織の「セクレタリオ・ヘネラル」は「書記長」だ。もし「幹事」という言葉を拡げて使えば、第一書記は「第一幹事」になってしまう。】