2013年3月4日月曜日

「波路はるかに」第6回 =ラパ・ヌイ(イースター島)=

2013年「波路はるかに」第6回=ラパ・ヌイ(イースター島)=

【3月2日ラパ・ヌイにて伊高浩昭】永く深い静寂があった。途方も無い沈黙があった。巨石人面像モアイの群と対話し、何かを掴んだ。先年対話したスフィンクスは、「時は永遠ではない」と、私に告げた。モアイの言葉はまだ解読できない。いずれ分かるだろうが、ポリネシア海洋民族の知恵がちりばめられた言葉に違いない。
 モアイは人面像であるがゆえに、スフィンクスよりも人間的で、心に迫るものがある。
 カヤオで乗船したラパ・ヌイの青年指導者の一人、26歳のマリオ・トゥキ君は、なかなかの人物だった。十日余り一緒に居て、親友になった。彼はいつの日か、島の未来を背負うことになると思う。
 島は1888年以来チリ領だが、島の先住民族の認同(イデンティダー)は「ポリネシア大三角形」にある。ラパ・ヌイ、ニュージーランド、ハワイを結ぶ広大な島嶼地域である。
 島のラジオ・テレビ局の記者たちから取材された。お返しに、私も彼らを取材した。ラジオは毎日、公用語の西語とラパ・ヌイ語のほか、英仏両語でも放送しているとのこと。観光が島の最大の産業であり、英仏両語を使う者がかなりいるのだという。
 私は今回、1月末にブエノスアイレスで乗船したが、1ヶ月後に上陸したラパ・ヌイが船旅の頂点となった。心のひとかけらを、この絶海の孤島に残した。
 PBオーシャン・ドゥリーム号は夜、2時間半をかけて島を一周してから、西北に4000km離れたタヒチに向かった。水平線上の闇夜に南十字星が輝いている。頭上にはオリオン座だ。
 タヒチ入りに備え船内講座講師として、パペーテで反核運動をしているミルナという女性がやってきて乗船している。ポール・ゴーギャンの「タヒチの女」の絵から抜け出してきたような風貌と体躯に、驚いた。私は明後日、「ゴーギャンとタヒチ」という講座を開くことになっている。
 衛星通信は極めて不安定で、回線が何日も繋がらなかった。ラ米情勢も何も把握できない。