2016年1月9日土曜日

逃走していたメキシコ麻薬王ホアキン・グスマンを逮捕

 メヒコのエンリケ・ペニャ=ニエト(EPN)大統領は1月8日、逃走していた麻薬マフィア首領ホアキン・グスマン(58)を同日逮捕した、と発表した。「エル・チャポ」(背の低い男)の渾名を持つグスマンは昨年7月11日、メヒコ州のアルティプラーノ刑務所の独房の便所から外部に通じる1・5kmのトンネルを抜け脱走した。

 折からフランス訪問中だったEPNは大恥をかかされ、腐敗疑惑や未解決の学生43人強制失踪事件などと相俟って、内外で威信が著しく低下した。

 この日、グスマンの地元シナロア州ロス・モチスの民家で海軍特殊部隊と麻薬一味の間で銃撃戦があり、5人死亡、6人逮捕、2人が逃走した。2人は下水道を通って逃げ、地表に出て車で郊外のモーテルに入った。

 治安部隊は一帯を捜索していたが、そのモーテルで2人を逮捕、うち一人がグスマンだった。アレリー・ゴメス検事総長が明らかにしたところでは、当局は諜報活動を基に、その民家を見張っていた、という。

 グスマンは自伝映画の制作を希望し、脱走前から刑務所内で、映画製作にも従事しているメヒコ人女優ケイト・デルカスティ-ジョと面会していた。メヒコでは、麻薬成り金らが自伝映画を作るのは珍しいことではない。だが、この虚栄が諜報機関に察知され、再逮捕のきっかけとなった。

 グスマンとケイトの接触を嗅ぎつけた米俳優ショーン・ペンは、ロック誌「ローリングストーン」向けにグスマンへのインタビューを希望。昨年10月2日ドゥランゴ州内の農場でケイトともにグスマンに会った。ケイトを追い続けていた当局は、ドゥランゴ州内のグスマンの居場所を突き止め、泳がせていた、という。

 グスマンは1993年グアテマラで逮捕され、メヒコに身柄を送還されたが、2001年ハリスコ州内の刑務所を脱走した。14年2月シナロア州マサトゥラン市で逮捕、メヒコ州の刑務所に収監された。

 メヒコ市中心街にある外務省では、在外駐在の大使、総領事らを集めての公館長会議が開催されており、治安責任者のMAオソリオ内相が発言中だった。そこに大統領からのグスマン逮捕の伝文が届き、内相は会議を中断して読み上げた。オソリオは政権党PRIの次期大統領予想候補の一人だが、グスマン脱走で責任を問われていた。

 会議場は歓喜に包まれ、内相、Cルイス=マシュー外相、VFソベロン海軍相らは抱擁を交わし、祝福し合った。次いで大使らを含め、全員が起立してメヒコ国家を合唱した。閣僚や外交官らが、グスマン脱走後いかに肩身の狭い思いをしていたかを象徴するような光景だった。

 グスマンは半年前に脱走したメヒコ州内の刑務所に戻された。米法務省は、以前からグスマンの身柄引渡しを求めていたが、あらためて引渡しを要請するつもりだ、と表明した。[メヒコ政府は9日、グスマンの身柄を米国に引き渡す手続きに入った。]