2016年12月16日金曜日

 チリの故サルバドール・アジェンデ大統領の孫がヘンリー・キッシンジャー元米国務長官逮捕をノルウェーに求める

 チレの故サルバドール・アジェンデ大統領の孫パブロ・セプールベダ=アジェンデ(40)が、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官(93)の逮捕をノルウェー政府に呼び掛け、大きな話題となっている。故大統領の長女カルメンの息子であるパブロはカラカス在住の医師。コロンビア内戦和平に貢献したフアン=マヌエル・サントス大統領へのノーベル平和賞授与式が催された2016年12月10日、ノルウェーの有力紙アフテンポステンに同国語で、「親愛なるノルウェーよ、キッシンジャーを逮捕してほしい」と題した公開書簡を掲げた。ノーベル平和賞受賞者でもあるキッシンジャー元長官はこの式典に招待されて出席、記念講演までぶった。以下は、同書簡スペイン語版訳の要旨。

 私の祖父アジェンデ大統領は、キッシンジャーが計画した軍事クーデターのさなかに死んだ。ノルウェーはキッシンジャーを逮捕すべきだ。1970年に選ばれた祖父大統領の政治的願いは、公正なチレ社会を建設することだった。巨大な貧富格差を平等化し、労働者に政治権力を与え、民主と複数政党制の枠内で平和裡に社会主義を建設することだった。

 1973年、その夢は破れた。大統領政庁(モネーダ宮)はアウグスト・ピノチェー指揮下の裏切り者軍隊と戦車に包囲され、空爆された。ピノチェーらは、米政府および、CIAと連携するキッシンジャーの指揮に従っていた。アジェンデには辞任する選択肢もあったが、人民の権力を守るため死ぬ道を選んだ。政庁とチレ民主の廃墟で死んでいった。

 キッシンジャーに支援され血塗られたクーデターと残虐な独裁は、その後数十年に亘って何百万人ものチレ人に影響を及ぼした。3000人以上が拉致され殺害され、何万人もが拷問され、他の何万人もが国外への亡命を余儀なくされた。キッシンジャーは南米でCIAおよび軍政諸国と組んで、恐怖と死の(コンドル)作戦を展開した。政治家、軍人、先住民、農民、労組員、左翼や、反米闘争をしていた人々が狙われた。

 多くのチレ人は、ノルウェーが小国でありながら、ピノチェー恐怖政権を逃れてきたたくさんのチレ人を受け入れてくれた事実を覚えている。だからこそ、キッシンジャーがノーベル平和賞授賞式に招かれたというニュースは信じ難かった。抑圧された人々の亡命地としてのノルウェーを記憶する我々にとって理解し難いのだ。キッシンジャーは南米左翼をテロと殺害で弾圧した最悪の知的主犯だった。それを示す十分な証拠文献があり、議論の余地はない。

 アジェンデに(1970年9月)大統領選挙当選の可能性が出るや、キッシンジャーは「ある国が、その国の無責任な人民のせいで共産主義国になるのを座して待つわけにはいかない。問題は、チレの有権者が決定するにはあまりにも重要な案件ということだ」と言って憚らなかった。キッシンジャーとニクソン(当時の米大統領)の政治的判断によって、アルゼンチンではチレの10倍(3万人以上)が殺された。逮捕された左翼女性から生まれた何百、何千という赤子が奪い去られた。

 彼らは皆、よりよい社会の建設を願い、植民地時代から続く不公正な社会構造の変革のため闘っていた。その社会では、少数の選良が外国勢力と組んで、富と資源の大部分を独り占めしている。その一方で大多数の人民は貧しく、日常的に搾取され辱められ抑圧されている。恐怖と戦(いくさ)を基盤とする体制の押し付けと維持にキッシンジャーほど大きな役割を演じた者は稀だ。

 キッシンジャーは、20世紀の大虐殺の一つである(インドシナ)空爆の直接の責任者でもある。彼はアレグザンダー・ヘイグ将軍に、「ニクソン大統領はカンボジアでの大量爆撃作戦を望んでいる。これは命令であり、遂行されねばならない。動く標的はすべて攻撃する。わかったか」と命令した。これによってカンボジア、ラオス、北ヴェトナムに計275万トンの爆弾が投下され、何百万人もの人々が殺された。

 キッシンジャーの戦略は南米でもアジアでも地政学的計算にすぎなかった。目的達成のために無数の人々が殺された。命の価値はそれほどまでに小さかった。こうした人種主義的で犯罪的な発想は植民地主義と帝国主義に根差しており、新しいものではない。

 しかし、オスロ大学とノーベル委員会という重要機関が、夥しい数の人命を軽んじた戦犯を招き讃えるとは驚きだ。亡命、拷問、爆撃の犠牲者は、そのような機関にとって価値がないということか。我々が南の貧しい人民だからなのか。

 平和と人権の保証人として振舞ってきたノルウェー政府に、虐殺、軍事クーデター、拷問の証明付き犯罪者の逮捕を求めるのは初(うぶ)すぎるのだろうか。ノーベル委員会には、無数の犠牲者の姿が隠されてしまう式典でキッシンジャーを讃えるという歴史的恥辱にまみれる代わりに、キッシンジャーのノーベル平和賞を剥奪し、彼の歴史的暴虐の償いをさせようと提起する倫理観の高い人物はいないのか。

 最後に、この忌むべき人物の来訪に反対する人々に感謝する。ノーベル平和賞を受賞しようとも、歴史は決してキッシンジャーに無罪を宣告しない。このことを本人に知らしめてほしい。